叶堂城

別名−  付近住所 南あわじ市松帆古津路148-2 現在 感應寺
2005/10/6 碑・案内板アリ 日本城郭大系


石川光之

叶堂城は慶長5年(1600)豊臣氏の代官石川紀伊守光之によって志知城に代わる水軍基地として築城された。城域は三原川より堀岸に至る南北約150米、東西約200米におよび、標高約10米、基底約2200平方米の地山があり、その南西部に穴太積みと呼ばれる慶長期の石垣が約40米にわたり築造されていた。石川氏は築城に際し、台上の観音堂を北の松原に移したと伝えられるが、築城後間もなく関ヶ原の戦に参加して敗れ、この城も廃された。その後元和七年(1621)城跡に感応寺が再建された。
しかし昭和59年(1984)三原川拡幅工事のため感応寺は約300米東方に移転し、城跡の遺構は惜しくも消滅の止むなきに至った。今ここに城跡碑を建立し永く後世に伝える次第である。

             

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